先日、今年初のCDショップ巡りをしました!
アルファベット順に好きなミュージシャンの棚を重点的に見つつ未聴の名盤を手に取っては戻したり、特に店員さんがPOPを書いて応援しているバンドを眺めたり、一通り見終わったら一度気になった棚をもう一度見たり。そして今回の予算と照らし合わせて、今日どうしても買いたいものはどれか思案をめぐらせながらもう一周。結構な時間をかけて吟味するのを楽しんでいます。
今回はなんと特価コーナーで気になっていたCDに出会うことができ、即購入してきました(100円!)。今年のCD一枚目です。
Discordの音楽掲示板で教えていただいた、UKのミュージシャンによるチャリティコンピレーションアルバム「HELP」です。今年ちょうど発売から30周年になるようですね。旧ユーゴスラヴィア紛争に巻き込まれた子供たちの支援のためにUKで当時活躍していたバンドが集まって短期間で制作され、全収益を慈善団体War Childに寄付したというのがこの作品。プロデューサーはブライアン・イーノ、アートワークはジョン・スクワイア。ライナーノーツによれば、ジョン・レノンが生前、「レコードが新聞のように週に一回のペースでリリースできたら…」と語った言葉がこのプロジェクトの軸になっているようです。

「完成までにこれほど急いだわけは、まるでここに高尚な意味づけを与えたくなかったからのようである。繰り返し問われてきた「音楽とチャリティ」の歪な相関図、これに陥るまえに、このアルバムは、何よりもまず「メディア」であろうとしたかのようではないか。」
「唯一救いであったのは、あの醜悪な構図=全員揃ってのテーマ・ソング、というナンバーが、ここでは何の必然性もなかったということだ。『たった一日、たった一日をそういうことにつかったってことだけなんだ』――。いう語ったイアン・ブラウンの、『とりあえずな態度』は、レノンの言葉とリンクした、と思うのである。」(原文ママ)

95年9月10日 ロッキング・オン宮嵜広司氏(協力:大野れい氏)
「HELP」 ライナーノーツより抜粋


80年代に大々的に行われたチャリティ音楽イベントへのアンチテーゼ的メッセージが剥き出しになっていますね。バンドエイドやUSAフォーアフリカも大きな役割を果たしたのでしょうが、もっとシンプルにスピーディーに活動すべきだったということなのでしょうか。
この動きに賛同した多くのバンド、Oasis、Manics、そしてThe Stone Roses、Radiohead、 Suede、blur、Portishead、ジョニー・デップ、ポール・ウェラー、そしてなんと飛び入り参加したというポール・マッカートニーもこのアルバムに参加しています。初心者の私から見ても知っている名前がたくさんでバラエティに富んでいて、きっと95年のUKロックシーンの空気を閉じ込めたような一枚なのだろうと想像しながら聴いています。
ノエル・ギャラガーは1曲目とラスト20曲目で参加、特にラストはWポール先輩との共演でThe Beatlesナンバーの演奏が聴けます!
Oasisはメインボーカルをリアムからノエルに変更、The Stone Rosesはドラム交代後のリメイクとなっていて、既存の曲ですがオリジナルの楽曲とは違うバージョンを楽しむことができます。

このアルバムは1996年ブリット・アワードで「フレディ・マーキュリー賞」なるものを授与されているそうです。プレゼンターはロジャー・テイラー!ブリット・アワードにおけるこの賞の存在、知りませんでした。しかしこの年の授賞式のエピソードの豊富なこと(Oasisも大概だけどPULPのジャーヴィス・コッカーもやらかしている)…。

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「これから一生孤児として生きる子供たちの話を聞かされたら、やっぱりほろりとくるよ。俺たちみんな、生まれたときは子供だったんだから」

ノエル・ギャラガーのNMEに寄せたコメント
95年9月10日 ロッキング・オン宮嵜広司氏(協力:大野れい氏)
「HELP」 ライナーノーツより抜粋

お恥ずかしい話ですが、昔から世界情勢に疎い私はあちこちで起こっていた争いのことをあまり知らずに生きてきました。ベトナム戦争やそれに付随する争い、そしてこのCDが制作されるきっかけとなった旧ユーゴスラヴィアの紛争。昨年ロックを改めて好きになった流れで観た映画やライブ映像、読んだ書籍の影響で改めて学ぶことができました。
私にとって、ロックは趣味であり、狭い視野を広げて世界を知るための媒体でもあるんだなあと改めて感じ入った年の初めの一枚でした。

↑マニックスのカバーした曲(邦題:「雨にぬれても」)は有名な映画の曲だったのですね。あちこちで見聞きしてようやく巨匠バート・バカラックの名前を覚えました。
ライナーノーツによるとリッチー失踪後三人で活動することを決めた頃の録音だと思われます。95年末にThe Stone Rosesのサポートとしてライブ活動を再開予定と記載があります。バンドにとって激動の時期の記録の1つなのに、曲はただひたすら優しく美しいです。

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